2011年12月5日月曜日

『紙の民』



『紙の民』
サルバドール・プランセシア:著 藤井光:訳(白水社)


 感服。もう1度すぐに読みたい。
 メキシコ出身の新鋭、サルバドール・プランセシアによる処女作。著者がマルケス『百年の孤独』を3年間読み返し続け、この小説を編んだという。そこにはレイアウトと文章、ページ構成と、さまざまな仕掛けが縦横無尽に紙の上に張り巡らされており、読者を欺き、いつしかそれは予想を超えた物語を紡ぎ出す(レイアウトもひとつの文脈である)。
 妻に去られた悲しみの主人公、フェデリコ・デ・ラ・フェ(ちなみに妻が彼の元を去った理由は夜尿である)を中心に、その娘、そして主人公の配下たるストリート・ギャング、EMFのメンバーたちと、とある敵との戦争を描いている。とある敵とは、土星。これは作者であり、あるときにはその目は同時に読者の目でもある。あるとき主人公は土星の視線を発見する。感情すらも覗かれ、支配される様(つまり小説で描かれること)に、登場人物たちが自らの意志を持って抗うというのがこの本の筋だ。このメタフィクション的な展開を、紙媒体ならではの構成やレイアウトで描いていく。その魅力を理解するには、とにかく書店で手にとってもらった方が早いのだけど、登場人物たちの混乱や秩序が目に見える形で本文の内容にそって展開していく。普通であれば単調な文字組でさえも、登場人物や情景とともに変化するのだ。この本ではページ・レイアウトもひとつの詩的な言語であり、表現なのだ。ある意味で、紙という媒体のアナログな3D感を極限まで利用した作品で、おそらくその特殊なレイアウトは文庫版にすらなりにくい。
 もちろん、こうした単なるトリッキーな仕掛けだけが売りの小説ではない。むしろ、この小説を読み慣れてくると、この仕掛けですら純粋にその物語を演出する単なる添え物としか機能していないことがよくわかる。そう、こうしたトリックが陳腐にならないのは、物語の強度がすばらしいおかげとも言えるだろう。文章の詩的な美しさ、ユーモアで包んだ愛と悲しみを携えた物語が、最もすばらしいこの本の魅力であることに気づく。ひとりの人間の悲しみが世界の風景を大きく変えてしまう物語は、スティーヴ・エリクソンが描き出す愛と幻視の物語が好きな人ならば恐らくすぐに虜になるだろう(そういえば、このレイアウトはエリクソンが『エクスタシーの湖』で試みたもののアップデート版とも言える)。またフアン・ルルフォが『ペドロ・パロモ』で描いた、南米のサイケデリックな夢うつつで幻想的な感覚もある。そういえば、なぜかサヤマサトルが出てくるのも興味深い。
 いつまでも物語を追いかけつつ、表情豊かに展開するページをめくりたい、そんな気にさせる小説だ。

 とにかく、この本は美しい。


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