『乾燥標本収蔵1号室 大英帝国自然史博物館 迷宮への招待』
リチャード・フォーティ著 渡辺政隆・野中香方子:訳(NHK出版)
ここ数年続いている小説マイブームがあるのだけれども、その間の箸休め的な読書に、まったく違った本が読みたくなることもある。そんなタイミングで週刊誌の書評欄で見つけたのがこの本だ。
かなり固いタイトルの本だが、研究書やお固い評伝的なものではなく、単なる読み物としてかなり痛快でおもしろく、ためになる。新書くらいの感覚で読んでも良いかもしれない(あの、新書の文章の読みにくさってありません?)。
簡単に言おう、ときたまタモリ倶楽部に出てくる、一般社会とは離れた、妖精のような、もう本当にどうかしているとしか思えない研究者やマニアがどうしても気になってしまうような部類の人は読むべき本だと僕は思う。
博物館にはふたつの顔がある。ひとつは市井の人々の教育機関として展示を行う顔、そしてもうひとつはそのバックヤードにて繰り広げられている研究機関としての側面だ。本書では、後者の研究機関としての博物館、しかも世界有数の自然科学の博物館である大英帝国自然史博物館の裏側を描いている。この世界でもトップ・クラスの博物館を作った異常にキャラの濃い研究者たちや仕事内容がそこには記されている。ちなみに考古学などで有名な大英博物館とは元々同じ博物館であったが、収蔵スペースの問題から、自然科学(生物、鉱物など)の博物館として、19世紀末に分館したのがこの大英帝国自然史博物館だ。
本書で触れられているのは、博物館の成り立ちや制度に関することがら以外、そのタイトル通り、そのほとんどが収蔵されている乾燥標本に関すること、ないしはその周辺で起こる人間模様が描かれている。そして、この本の良さは、読者が飛びつくマッド・サイエンティストたちのおもしろゴシップ奇譚を餌に、しっかりと博物館の役割やそこに収蔵されている標本の役割を説いている点にある。本書では動植物につけられている、いわゆる学名と呼ばれるラテン語表記の命名方法のルールや成り立ち、そしてそれを裏付けする標本の存在などをしっかりと、それでいて優しく説明している。本書の舞台となるこの自然史博物館の裏側は、大まかに言えば、この標本を作る作業、つまりは動植物や鉱物を集め、種を分類する標本を作り続けている場所だ。
新種と考えられる種が見つかると、さまざまな分析がなされ、まずそれがすでに見つかっていないという証拠を確認するさまざまなプロセスを経る。そうしてはじめて新しい種として分類されるのだ。そして、その種を同定する世界でひとつの基準となる標本「正規準標本」が定められ、ラベルが貼られて永久保存されるていく。それは化石においても同じプロセスを踏むのだと言う。さらに言えば、比較的種の少ない鳥類、ほ乳類など脊椎動物ならまだしも、この世に存在する虫もこの対象だ。例えばそれは甚大で、殻の堅い甲虫だけでも数十万種とまさに発狂した数字で存在する。それらも次々に分類され、学術名が付けられ、「正規準標本」としてラベルが付けられ保存されていくという作業が繰り返し行われている。しかも、これがすでに少なくとも1世紀以上に渡って延々と繰り返されているのだ。まさに気の遠くなる作業。
また、これらの途方もない作業がどんな役に立っているのか、他の学術の兼ね合いも含めてさまざまな実例も含めて説明もされている。例えば化石中のユスリカの分類が、他の人類の研究になんの役に立つのか? といったところだ。
そして、前述のようにその間に出てくるのはその研究室に宿る怪人たちの話である。そりゃ、そんな作業をする人たちですからちょっとした奇人や変なアクシデントも生まれるわけで、それらのエピソードが随所に挟み込まれている。16世紀のニシンのイラストを研究中に、失われていた歴史的なモーツアルトの楽譜を発見してしまった、女ったらしのニシンの権威だとか、プルーストやジョイスにまで賛辞を贈られるほどの壮絶な日記を書いてしまった悲運のシラミ研究家など本書に紹介される奇人研究者は枚挙に暇がない。そういったユーモアを文章にはさみこむことによって、本全体のリズムを軽やかにし、学術的な話もおもしろおかしく理解できるような仕組だ。
著者は大英帝国自然史博物館にて30年に渡って三葉虫の研究を進めた古生物学者。未読だが「生命40億年全史」や「地球46億年全史」といったベストセラーがあり(邦訳もなされている)、いわゆる専門分野の話を、さらりと一般の人が読めるような本へと書きかえるのが得意なようだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿